江戸時代の地政学者 長久保 赤水  ながくぼ せきすい  Nagakubo Sekisui







長久保赤水先生銅像建立への道


「長久保赤水」語り継ぐ 「竹島は日本」示す地図作成  (東京新聞)

 日本と韓国が領有権をめぐって対立している竹島(韓国名・独島)問題に絡んで、現在の高萩市で生まれた江戸時代の地理学者・長久保赤水(せきすい)(1717~1801年)の知名度が高まっている。日本政府は赤水が完成させた地図を根拠の一つとして自国の領土だと主張、紹介しているからだ。そんな中、茨城県高萩市では市民がJR高萩駅前に赤水の銅像を建立し、郷土の偉人を語り継ごうと意欲を高めている。(永山陽平)
 赤水は地理学や天文学に秀で、農民から水戸藩主徳川治保の侍講(じこう)(教師)まで異例の出世を果たした人物として知られる。一七七九(安永八)年に日本地図で初めて経緯線が入り、地理学的に画期的な「改正日本輿地路程(よちろてい)全図」(通称・赤水図)を出版した。
 赤水は各地の資料に基づいて、現在の日本に近い形の地図を完成。伊能忠敬の実測地図「大日本沿海輿地全図」より約四十年早かった。忠敬の地図が重要機密として幕府が非公開としていたのに対して、赤水の地図は広く庶民に用いられた。
 赤水図には隠岐諸島の北西に「竹島」と「松島」が描かれている。当時は島の名称が現在と異なり、地図上の「竹島」が韓国領の鬱陵島、「松島」が竹島とされる。日本の外務省は赤水図について「鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図」(同省ホームページ)と評価。日本が当時から竹島を認知していたことが赤水図などで確認できるのに対し「韓国が古くから竹島を認識していたという根拠はありません」(同)などと主張し、領有権を訴えている。
 高萩市では竹島問題と関わりない部分で、赤水をたたえようという動きが東日本大震災の発生後から本格化した。復興を進める上で「市民の心の支えとなるものを作りたい」と地元有志が赤水像と赤水図の石碑制作を発案。寄付金を募り、記念ソング「あしたの風とひとつになって」も作った。作曲者は赤水の遠縁に当たる高萩市の音楽家長久保徹さん(52)と、徹さんの知人であるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団トロンボーン奏者カール・ヤイトラーさん(65)。歌詞は公募した。
 高萩駅前で今月三日に行われた記念式典で、市民らは記念ソングを歌って銅像の完成を祝った。実行委員長の皆川敏夫さん(60)は「これを機に赤水先生の功績を広く知ってもらえたらうれしい」と話した。
 教育現場も力を入れる。高萩市教育委員会は本年度から市内全小中学校で郷土史の授業を始めており、自前の教材で、赤水の功績についても教えている。




赤水像の制作者、日本芸術院会員能島征二氏が制作
過程をスピーチ



銅像の除幕をする大畠衆議院議員、草間高萩市長、
山口茨城県副知事、若松副実行委員長(左から)



長久保赤水銅像建立記念ソング『あしたの風とひとつ
になって』を演奏するカール・ヤイトラー氏、
村田博之氏、スイートボイスのみなさん



『長久保赤水』の映画をつくりたいとスピーチした
松村克弥映画『天心』監督



写真を撮ったり、碑文を読んだり、地図を凝視する人々
とウィーンフィルのカール・ヤイトラーご夫妻。銅像建立
翌日2012年11月4日の高萩駅前『赤水像』にて
 
 
完成おめでとうございます!
長久保赤水銅像除幕式典、にぎやかに
盛大に!!!

 
 http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001211060002
 
 およそ500名の出席者に見守られて、実行委員会の江尻光昭先生の掛け声とともに長久保赤水銅像の除幕が行われました。出席者は、JRの陸橋にまであふれ快晴の中、にぎやかな式典となりました。
 
 除幕式典に駆けつけてくださった大畠章宏衆議院議員、山口やちゑ茨城県副知事、草間吉夫高萩市長、吉川道隆高萩市議会議長、小田木真代茨城県議会議員、佐川春久長久保赤水顕彰会会長の方々よりご祝辞を賜りました。みなさまから、このような震災復興下において市民の力で、このような立派な銅像を建立したことについて労をねぎらうとともに、感謝するとのコメントを頂戴しました。
 
 赤水銅像を制作した日本芸術院会員、能島征二氏と題字揮毫者の日展審査員、佐川倩崖氏らは、赤水銅像に関われたことについて光栄だと述べられた。
 
 また、スイートボイスの歌声による赤水銅像建立記念ソング『あしたの風とひとつになって』を聴いた山口副知事や小田木県会議員からは、「いい歌なので、教育長にお願いして、ぜひとも子供たちに歌ってもらいたい。」などとコメントされた。
 
 『あしたの風とひとつになって』の作曲者の一人であるウィーンフィルハーモニー管弦楽団のカール・ヤイトラー氏も見事なトロンボーンで花を添えてくださった。ヤイトラー氏は、「赤水さんの業績と生き方を知って、ハイドンやモーツァルトの時代に、こんなところから赤水さんのような人が育ったことに感動する」と述べ、祝福のファンファーレとして、オーストリア出身の作曲家ヨゼフ・ハイドンの『皇帝』を奏でてくださった。
 
  岡倉天心の生涯を描いた映画『天心』を製作中の松村克弥映画監督もわざわざ都内から駆けつけ、「長久保赤水さんは、素晴らしい人物なので、赤水さんの映画をつくりたいとスピーチされた。出席者は大きな歓声に沸いた。
 
 記念誌に寄せられた映画監督松村克弥氏からのメッセージを紹介します。
『これほどの壮快な大人物が茨城にいたんだ!  奇心と圧倒的な教養にあふれ、世界をめざした赤水。伊能忠敬より半世紀近く前に驚くべき子細な日本地図を作り、さらには世界地図も作った。水戸藩主の意識を変え、日本人の意識までも変えた。その業績がやがて来る維新の風になったと思う。 私は岡倉天心という大人物もこの茨城を舞台に映画で描くが、天心より100年も前にいた、赤水にも大変な興味をもった。明治という新しい時代に超人的活躍をした天心と、その先鞭を築いたもう一人の“知の超人”赤水。私のルーツでもある茨城に花開いた異才の人生も、ぜひ映画化してみたい。』           映画『天心』監督 松村克弥
 
 ご臨席の皆様に対して、皆川敏夫実行委員長は、「赤水先生の銅像建立事業が、たくさんの皆様に応援され完成できたことをうれしく思うとともに、感謝申し上げます。」との謝辞をお贈りした。
 
 最後に、実行委員会の石平光氏の掛け声で万歳三唱。そして、投げ餅・蒔き銭がとり行われた。参加したみなさんの幸せそうなお顔が印象的だった。


長久保赤水先生銅像と建立記念ソング
「あしたの風とひとつになって」が
完成しました!!!



あしたの風とひとつになって
全国公募最優秀作詞賞作品
長久保赤水銅像建立記念ソング2012
“Ashitano-Kazeto-Hitotsuni-natte”
Memorial Song for the Erection of the Statue of Nagakubo Sekisui


風が吹いてきた
ぽんと背中たたく
自分にできること
そこから始めよう
あしたの風とひとつになって
あしたの風とひとつになって
地図をひろげて
夢をひろげて
時代を超えていこう


翼ひろげれば
新しい未来が見える
分厚い雲の向こうに
輝く太陽が見える
あしたの風とひとつになって
あしたの風とひとつになって
地図をひろげて
夢をひろげて
時代を超えていこう


誰かの一生懸命
誰にも見せない涙
心の地図をひろげ
今走り出すとき
あしたの風とひとつになって
あしたの風とひとつになって
地図をひろげて
夢をひろげて
時代を超えていこう



歌Vocal/Suite Voice
作詞Words/久保隆&145Hearts 補作Rework/Tetsu Nagakubo
作曲Music/ Karl Jeitler & Tetsu Nagakubo
編曲Arrange/村田博之Hiroyuki Murata
西本明Akira Nishimoto 山本雄一Yuichi Yamamoto
コーラスアレンジChorus Arrange /Suite Voice Mako
Bass Trombone/カール・ヤイトラーKarl Jeitler
ギターGuitar/村田博之Hiroyuki Murata
ピアノPiano/西本明Akira Nishimoto
チェロCello/岡田悠紀Yuki Okada
Accordion/ 大塚雄一Yuichi Otsuka Tuba/ 大島隆一Ryuichi Oshima
パーカッションPercussion/里村美和Yoshikazu Satomura
ドラムDrums/山本雄一Yuichi Yamamoto
音響Sound Engineer /我妻拓 Taku Wagatsuma
Produce /Tetsu Nagakubo and PoemiX


赤水銅像の基礎工事からいよいよ建立工事へ「あしたの風とひとつになって」


Suite Voiceの皆さんに歌っていただいた「あしたの風とひとつになって」。
皆川敏夫実行委員長が歌えるようになってきたと喜んでいます。
若松健一副実行委員長から、「あしたの風とひとつになって」のカラオケがほしいこと、踊れるようなアレンジにしてほしいことなど実行委員長にご意見をいただき、楽しい夢を膨らませて皆さんの気持ちが高揚してきたように思います。


笠間市福原の作業場に、皆川敏夫実行委員長、若松健一副実行委員長、そして長久保片片雲(源蔵)副実行委員長が訪れ、進捗状況を確認しました。予想以上の出来栄えに驚くとともに、「この事業をやってよかった」という満足感に暫し、浸っておられました。銅像や銘板を眺めながら、感無量といったご様子でした。


皆川敏夫実行委員長は、「これがスタートだね。」と、微笑みながらぽつりと話され、「あしたの風とひとつになって」、新しい未来へ向かう強い決意を感じました。これから、「赤水先生」から何を学び、何を産み出していくのか、それこそが、皆川実行委員長のいう「スタート」なのかもしれません。「あしたの風とひとつになって」。









写真は上から
2012.10.11 基礎工事(福原石材工業 代表取締役 磯 隆博) 高萩駅前にて
2012.10.13 完成した赤水の彫刻(能島征二作)と皆川敏夫実行委員長・若松健一副実行委員長・

        長久保片雲副実行委員長
2012.10.13 寄附者芳名が刻まれた銘板の入った銅像台座を見つめる長久保片雲(源蔵)氏


『赤水歌-あしたの風とひとつになって』の作曲者 長久保徹さんの『幸わいなさい』がフジテレビの日曜ドキュメンタリー番組『ノンフィクション』の挿入歌に決定

10月11日、長久保赤水先生銅像の基礎工事が高萩駅前にて無事終了しましたことをお伝えいたします。来週17日には銅像建立工事となります。


さて、長久保赤水先生銅像建立記念ソング『赤水歌-あしたの風とひとつになって』の作曲と詞の補作を担当されている長久保徹さん作詞作曲の『幸わいなさい』が、フジテレビのドキュメンタリー番組『ノンフィクション』の挿入歌に決定し、10月21日(日) 14:00~15:00に放映予定です。大震災後の福島県いわき市平の飲み屋街田町を描いた作品だそうです。


いわき市といえば、いわき市長にも長久保赤水先生銅像建立実行委員会の顧問にご参加していただいており、何かのご縁かと思います。長久保徹さんによれば、『幸わいなさい』は、いわき市勿来の神社でふと閃いた歌だそうです。赤水先生の勇気と努力に習って、常磐線沿線みんなで手を取り合って大震災を乗り越えていこうと思います。
赤水歌『あしたの風とひとつになって』も楽しみです。


写真は、長久保赤水先生の菩提寺である願成寺海の見える庭園で開催された赤浜音楽祭の模様。
眼下には太平洋の波しぶき、耳元に轟く潮騒、そして美しいメロディー。左のアコースティック・ギターが長久保徹さん。ボーカルは井下恵津子さん。



長久保赤水先生銅像建立記念ソングのレコーディングがスタート!!!

全国公募最優秀詞『あしたの風とひとつになって』
作詞/久保隆&145Hearts
作曲/Karl Jeitler & 長久保徹
編曲/村田博之 西本明 山本雄一
歌/SUITE VOICE

制作した記念CDは、11月3日文化の日に開催する除幕式典にて、先着500名の方に無料でプレゼントします。


写真は、『SUITE VOICE』とアレンジャーの西本明さん。
西本明ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9C%AC%E6%98%8E
高萩市赤浜のPoemiXスタジオでのレコーディングの模様。



いよいよ赤水先生銅像の基礎工事&建立工事!!!

高萩駅の駅長さんや高萩市役所の建設部長さんに皆川敏夫実行委員長が長久保赤水先生銅像の設置場所をご説明差し上げ、ご了承いただきました。みなさん、とても楽しみにしておられる様子でした。


気がついたら、かなり静かになってしまった駅前通り。勇気と努力の赤水先生に習って、本気で元気な高萩を取り戻そうという機運が高まっていくことを期待したいと思います。


基礎工事は、10月10日から二日間。
建立工事は、10月17日から二日間を予定しています。


2012.10.4 JR高萩駅前にて



 長久保赤水先生銅像建立へのご賛同、
             ありがとうございます



2012年10月1日現在の寄付金状況をご報告いたします。


  寄付金総額1240万円
  寄附者総数287名



2012年11月3日(土)文化の日に高萩駅前にて除幕式典を実施いたします。赤水歌披露やお神楽奉納のほかに、投げ餅・蒔き銭もあります。
今後も継続して寄付金を募集いたします。宜しくお願いいたします。


長久保赤水先生銅像建立実行委員会
実行委員長       皆川 敏夫
副実行委員長     若松 健一
長久保片雲(源蔵)




竹島と長久保赤水先生の
『改正日本輿地路程全図』

写真は、長久保赤水先生の『改正日本輿地路程全図』。
この中の『松島』という島が現在の『竹島』です。

日本国外務省は、竹島問題に長久保赤水先生の『改正日本輿地路程全図』を例に掲げています。大日本史地理志編纂に専念した赤水先生は、天国から私たち日本を見下ろして大変心配しておられることでしょう。わたしたち日本人は、相手の立場を考え、品格を重んじて平和的に解決しなければいけません。赤水先生なら、そのようにおっしゃるに違いありません。


以下外務省ホームページより
日本における竹島の認知
 現在の竹島は、我が国ではかつて「松島」と呼ばれ、逆に鬱陵島が「竹島」や「磯竹島」と呼ばれていました。竹島や鬱陵島の名称については、ヨーロッパの探検家等による鬱陵島の測位の誤りにより一時的な混乱があったものの、我が国が「竹島」と「松島」の存在を古くから承知していたことは各種の地図や文献からも確認できます。例えば、経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水(ながくぼせきすい)の「改正日本輿地路程(よちろてい)全図」(1779年初版)のほか、鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図は多数存在します。


外務省ホームページ『日本における竹島の認知』
 長久保赤水先生著『改正日本輿地路程(よちろてい)全図』と竹島
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/gaiyo.html
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/g_ninchi.html



横山功著『續長久保赤水書簡集』が発表されました

これは、『長久保赤水書簡集』(茨城新聞社刊)の続編として、長久保赤水先生の手紙を翻訳した貴重な資料です。
著者の横山功氏は、赤水顕彰会のメンバーであり、長久保赤水先生銅像建立実行委員会のメンバーとしても活躍されております。また、彼のご子息の横山洸淙氏も、小説『清學の士 長久保赤水』を著しており、親 子で長久保赤水の研究家です。
今後、これら三作は、長久保赤水の映画化になくてはならない作品になるでしょう。




2012.9.29 『續長久保赤水書簡集』の表紙を撮影致しました。



赤水先生の銅像が完成に近づいております

 昨日9月26日に、長久保赤水像(能島征二制作)が完成しました。
銘文も寄付者を刻印する作業を残すのみとなりました。
寄付金は本日現在、約1200万円との報告です。
9月17日に高萩駅前に設置します。
赤水先生銅像建立事業は、みなさまの赤水先生顕彰と復興への想いの結集だと思います。


 11月3日文化の日午前11:00より赤水先生銅像除幕式を開催します。式典には、知事、高萩市長、市議会議長、県議会議員らをお招きしております。また、お神楽ご奉納や主演竹中直人が決定した映画「天心」の松村克弥監督らも参加してくださいます。赤水歌「あしたの風とひとつになって」(作詞/久保隆&145Herats 作曲/カール・ヤイトラー&長久保徹)をSuite Voice(スイート・ボイス)に歌っていただきます。ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のカール・ヤイトラー氏もトロンボーンを奏でてくださいます。

2012.9.26現在の赤水先生の銅像



長久保赤水先生銅像の銘文を紹介致します

 赤水は、享保二年(一七一七)に水戸領赤浜村(高萩市赤浜)の農家に生れ、享和元年(一八〇一)まで地理学の先駆者として活躍しました。子どもの頃は体が弱く、不運にも弟・母・父にも先立たれてしまいます。その逆境に耐え、赤水が学問に専念できたのは継母の支えによるものです。さらに、地元の鈴木玄淳や柴田平蔵、水戸の名越南渓など良き師友にも恵まれました。
 四十歳半ばには、時代を先取りした研究への批判に遭い、学者の道を絶たれそうになったこともあります。しかし、並外れた努力が報われ、水戸藩第六代藩主徳川治保の侍講(おそばに仕える先生)に抜擢され、江戸小石川の水戸藩邸に住まい、儒学・地理学・天文学などを教授しました。
 そして、当時としては地の果てといってもいい東北や長崎の旅の経験を基に、渋川春海・森幸安らの日本地図を参考にし、奥州道を行きかう旅人や高山彦九郎、木村蒹葭堂、古川古松軒などから得た情報を整合させ、緯線経線を付した新しい日本地図を完成させました。測量することなく情報のみで作成されたこの日本地図は大阪から発刊され、後世、赤水図と呼ばれ、旅人や幕末の志士たちの大いなる道しるべとなったのです。
 侍講として江戸に赴いた翌年六十二歳の時、農民生活の窮状を水戸藩主に命をかけて上奏し、農政や藩政の改善に尽くしました。退官後、八十歳まで藩主の特命を受け、大日本史地理志編纂に専念した後、生まれ故郷の赤浜に隠居しました。
 赤水没後、かのシーボルトも赤水図を海外に持ち出し、今でも欧米の博物館や大学に大切に収められています。
 赤水図の約半世紀後に作成された伊能忠敬の日本地図は幕府が非公開としたため、赤水図が江戸時代から明治時代初期まで広く世に用いられました。幕末の吉田松陰も赤水図を頼りに旅をし、赤水のお墓をお参りしています。


 ここに、多くのご賛同をいただき、赤水先生の逆境を乗り越えた勇気と努力に学び、東日本大震災を乗り越える復興のシンボルとして、銅像を建立いたします。
                         平成二十四年(西暦二〇一二年)十一月 文化の日
                                    長久保赤水先生銅像建立実行委員会


2012.9.27
銅像に添えられる銘文を撮影



ザルツブルグで赤水歌「あしたの風とひとつになって」の作曲スタート

ザルツブルグ音楽祭に出演中のカール・ヤイトラー氏と渡欧した長久保徹氏が合流。
アルプスの山々に囲まれたザルツブルグの町で、日本全国公募に寄せられた143作品から選ばれた最優秀歌詞「あしたの風とひとつになって」(山口県萩市/久保隆 氏作詞)の作曲をした。
カール・ヤイトラー氏に歌詞の内容を説明し、二人でメロディーを編みながら、ヤイトラー氏は五線紙に鉛筆を走らせていた。

長久保徹氏は、「ヤイトラー氏と曲を作る過程で、久保隆さんの原詩からタイトルを重視し盛り上がるメインテーマ(サビ)として生かした。その他の部分は、全国から寄せられた143作品の歌詞の想いをミックスして完成させた。この赤水歌は応募者全員でつくった歌詞だと言っていい。だから、作詞名は、久保隆さんのほかに、143作品の作詞者名を明記して後世に残したいと思う。」と述べた。
二回に渡った作曲は、一回目は、カール・ヤイトラー氏自宅。二回目は、ヤイトラー氏お気に入りのアルプスの山小屋でだった。澄み切った空気の中で、新しい鼓動が聴こえ始めた。
アレンジは北海道芽室町在住の音楽家村田博之氏に、ボーカルは女性カルテットジャズボーカルグループのスイートボイスに決定した。

11月3日文化の日、午前11時に高萩駅前の赤水像除幕式において披露するとともに、来場者先着500名にCDを無料でプレゼントされる予定。


(写真上)2012.8.19
ザルツブルグ音楽祭で指揮するカール・ヤイトラー氏(ウィーンフィルハーモニー管弦楽団/写真中央)
(写真下)2012.8.5
カールヤイトラー氏自宅での作曲風景



赤水歌の最優秀作詞賞が決定しました

赤水歌の最優秀作詞賞が決定しました。
赤水先生のふるさと赤浜にて選考会が開催され審査員全員一致で選ばれた最優秀作詞は、山口県萩市の久保隆さんの作品です。
タイトルは「あしたの風とひとつになって」(長久保赤水讃歌)

山口県萩市といえば、吉田松陰先生のふるさとであり、幕末、吉田松陰先生は赤水先生の地図を頼りに旅をしています。
そして、赤水先生の高萩市赤浜のお墓をお参りしております。
萩市の久保隆さんの受賞は、時代を超えた不思議な運命的絆を感じます。

あしたの風とひとつになって
赤水先生や吉田松陰先生の並外れた努力と勇気に習い東日本大震災からの復興をめざすにふさわしい詩です。

最優秀賞並びに優秀賞については11月3日文化の日の除幕式典にて表彰します。

なお、最優秀作品「あしたの風とひとつになって」は、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団員のカール・ヤイトラーさんと赤浜音楽祭総指揮の長久保徹さんの両氏によってザルツブルグで作曲され、除幕式にてみなさんに歌っていただきます。



2012.8.3
応募作品原文と、赤水先生のふるさと赤浜での選考会風景




彫刻家能島征二さんが草間市長を
表敬訪問しました

赤水像制作中の能島征二氏が高萩市長草間吉夫氏を表敬訪問しました。
草間市長は、銅像の完成を楽しみにしており、JR東日本の会長にも銅像建立地の件をお願いしてあると進捗状況を説明しました。






2012.8.3 能島征二氏(右)と草間吉夫市長 高萩市市長室にて




長久保赤水銅像建立実行委員会
実物大の赤水座像に出逢う

皆川敏夫実行委員長は、「座像の大きさに正直驚いた。表情に 知性と品格をたたえられており、能島先生にお願いしてよか った。」と述べ、興奮と満足感とが入り混じった様子だった。
また、若松健一副実行委員長(長久保赤水顕彰会会長)から、 同時設置予定の赤水図の陶板について説明があった。みなさんの満悦の様子を前に能島先生もホッとした様子だった。


2012.5.19
水戸市千波町の能島征二アトリエにて




長久保赤水小型試作品銅像と逢う

皆川敏夫実行委員長らメンバーが、小型試作品を見せていただいた。
彫刻家能島征二氏より説明を受けた。


2012.4.2
水戸市千波町能島征二アトリエにて




総会に参加したメンバー各氏

大きな夢と期待を胸に始動。
皆川敏夫実行委員長は、「震災と復興の折、なにか心の支えとなるようなことがしたいと思っていた。
私たちの高萩市出身の長久保赤水先生は、農民という地位から逆境を乗り越えて偉大な地理学者となられた。
そして、水戸の副将軍徳川治保公の侍講として仕え、その位に甘んじず、副将軍に農民の辛苦について藩政改革を促したという、命を賭した生き方に深く感銘を受けた。
赤水先生の生き方から学ぶべきものは大きい。銅像建立は、単なる歴史顕彰にとどまるものではない。震災から立ち直る起爆剤として、先人の勇気から学ぼうではないかというメッセージとして考えている。
みなさんのご支援がこれから生きる一人ひとりの未来につながると信じている。」と述べた。


2012.4.1
高萩市中央公民館にて




長久保赤水先生銅像建立実行委員会設立総会

長久保赤水顕彰会のメンバーと建立実行委員会の両メンバーが一つになって動き始めました。
草間吉夫高萩市長・吉川道隆高萩市議会議長・小田木真代茨城県議会議員・菅波洋平高萩市教育委員会教育長ら実行委員会顧問を招いて開催しました。
草間吉夫市長ら各氏は、「震災を乗り越えていく民間の力に期待しています。市としてもできる限りの支援をさせていただきたい。」と述べた。
写真は、祝辞を述べる草間吉夫市長と顧問各氏とメンバー。


2012.4.1
高萩市中央公民館にて




彫刻家 能島征二氏が『赤水座像』の制作者に決定

日本芸術院会員・日展常任理事・日本彫刻会常任理事の能島征二氏が『赤水座像』の制作を引き受けてくださいました。
能島先生は、水戸市の水戸黄門像や徳川斉昭・慶喜親子の像など歴史的人物像の作品でも著名な彫刻家です。
自ら、『長久保赤水伝』(長久保片雲著)を水戸の書店で買い求め早速読破。直ちに小型の試作品制作が始まりました。能島征二先生は、情熱の塊のような芸術家です。


2012.2.11
能島征二先生の水戸市千波町アトリエにて